森の動物たちを覗いてみよう!「歌い手」編 (せみ)
おや?森の動物たちが集まって、何やら「歌い手」の話をしているようです。
今日はそんな森の動物達の会話を覗いてみましょう。
今日は「歌い手」という存在が現在抱えている様々な問題についてみんなから意見を聞きたいと思うんだ。
そのためにはまず「歌い手」という存在についてしっかり定義しておく必要があるね。
ここでいう「歌い手」とは、主にインターネット上の動画サイト「ワイワイ動画(森)」の「歌ってみた」カテゴリに自身の歌声をカラオケにのせて投稿しているアマチュアの動物たちのことを指すよ。
近年では逮捕個体が出たり、テレビアニメのED担当に指名されて各方面で炎上したりと、いろいろと話題の尽きない歌い手だけど、いったい彼ら・彼女らが多くの人に非難されてしまう理由は一体何なんだろうか。
何か意見がある動物はいるかな?
じゃあまず僕から発言させてもらうよ。
よく「歌い手は歌が下手くそだからダメだ」という発言を見るけれど、どうにも問題はそこじゃないように思うんだ。確かに下手な人は多いと思うけれど、歌が上手なことと有名になることは必ずしもイコールではない。歌い手を有名にするのはリスナーだから、そこは歌い手自身の問題ではなく、ファンの問題だ。
どうにも「歌ってみた」というカテゴリは、ファンが妄信的すぎるように感じるよ。
どの動画を見ても「イケボ」「たっか」「すげええええええええええええ」「うおおおおおおおおおおおおおお」といったコメントしか見ないし、酷い時には全然関係の無い歌い手の動画で、自分の好きな歌い手の名前を上げて比較・批判したりしている。
こういったファンのマナーの悪さが、そのまま歌い手へのイメージ低下に繋がっているんじゃないかな。
だから僕は、歌い手が抱えている問題は歌い手自身によるものではないと思うよ。
……少し、渋い顔をしているウサギさんは、どう思う?
う〜ん、その意見には概ね賛成よ。けれど本当に「歌い手は何も悪く無い」のかしら。
私は、ファンを含め、「歌ってみた」というカテゴリ全体のマナーの悪さが最も問題だと感じるわ。そこにはもちろん歌い手本人も含まれている。
「上手い」「イケボ」なんて持ち上げられた歌い手が、誤解を恐れずに言うのなら、調子に乗らなければ、こんなに世間から悪いイメージを持たれることもなかったと思うの。
例えば、ファンのマナーが悪いことで有名なジャニマルズだって、「風」や「森ジャニ∞」たちに悪いイメージがあるかというと決してそんなことはないわ。それは彼らがファンからの妄信的な応援に謙虚で、まぁぶっちゃけあまり触れていないからではないかしら。
逆に、歌い手たちは、どうにもファンからの宗教ともとれる猛烈なプッシュに甘んじて、いっそ利用しているくらいにも思えるの。
いくつか例をあげてみるわ。
一つに、さっきリス先生がおっしゃった「テレビアニメのEDに指名されて炎上」という話よ。歌い手がテレビアニメの主題歌に抜擢される例は決して少なくはないわ。けれどもそのどれもが炎上しているかというとそんなことはないわ。むしろ成功している例が多いくらいよ。
にも関わらず炎上してしまったのは、やっぱり「下手くそだった」の一言で片付いてしまうという結論が、妥当ではないかしら。どうやら作曲者側にも問題は多くあったようだけれど、それも結局この歌い手自身を取り巻く「歌ってみた」というカテゴリの全体的なマナーの悪さではないかしら。
あとは、よくある話として、歌い手がファンの女の子と交尾するという話ね。これを「股の緩いメスが悪い」とファンの問題にして片付けてしまうのは、メスとしてはとても許せる話ではないわ。
そりゃ、動物なのだから子孫を増やしたいという本能はあるかもしれないけれど、それはファンの好意を蔑ろにしていると取られても仕方がないわ。結局、ペニスを挿入したいだけなのかと言われてしまうのは当然の流れよ。
まとめると、私が言いたいのは「でしゃばるなよ」ってことね。
おれ、おれも、でしゃばるなって意見には賛成だなー。
どうしてこんなにマナーが悪くなってしまったのかといえば、やっぱりそれはみんなが「歌ってみた」というカテゴリをいまいち勘違いしているからなんじゃないかって思うんだな。
だいたい「歌ってみた」って名前、もう完成度は二の次ってことをしっかり表しているじゃないかー。なのに、今や少しでも音質が悪いと「帰れ」「やり直せ」と言われたり、ちょっとでも歌が下手だったり音程を外したりすると「下手」「もっと時間かけろ」と言われたり、なーんかカテゴリ全体のハードルが上がりすぎているように思うんだなー。
「ワイワイ動画」なんだから、もっとワイワイしてりゃいいのになー。
お、おれは、おれはそれがすごく悲しく思えるんだなー……。
もっと「歌ってみた」っていうカテゴリ自体の排他性が薄まって、誰にでもとっかかりやすい、みんなが楽しい場所になっていけば、自然とみんなその中で、悪い言い方だけど「身内ノリ」で楽しくやっていけるはずなのになー。
ご、ごめんなさい……僕はその意見でちょっとひっかかるところがあるんです……。
た、多分、「歌ってみた」カテゴリが本来歌や録音の技術力が問われない場所だというのは「歌い手」たちにもわかっていることだと思うんです。少し前に「インターネットカラオケアニマル」っていう言葉が流行りましたよね。炎上したと言ってもいい。
彼らは自分たちを「歌手」というプロのような存在ではなくて、むしろインターネットでカラオケをしているだけのズブのシロートだっていう自己認識はあるんです。
そうやって、表向きは謙虚な姿勢を貫きながらも、実際にはCDを出したり、テレビアニメのOPやEDを歌ったり、果てはライブ・コンサートを行ったりするんです。しかも他動物が作った歌で。
ひどいレベルになると、勝手に歌詞を改ざんして、気持ち悪い身内ノリを振りまきながらコンサートをする動物までいます。
そしてそれらは全て「歌い手」という範囲内でのみ行われるんです。
さっきウサギさんが「主題歌になって成功した動物もいる」って言ったけど、そういった人たちはたいてい「歌い手」という枠をちゃんと出て、プロとして「歌手」として正々堂々と勝負しているんです。それができるから彼ら彼女らは正当な評価を受けることができる。
それがどうだ、「インターネットカラオケアニマル」などとクッソくだらないゴミみてぇな蔑称まで作って自分たちを貶めながらも、他の動物の作品で金儲けをする奴らは、一体何様なんだ!?プロじゃなければ何したって許されるのかよ!メスだって抱くのかよ!!「歌い手」はあくまで一般動物だから?一般動物と一般動物のお付き合いってか!?ふざけんな!!ファンの好意をバカにするなよ!!
歌手として一発当てて金を稼ぎたいならそれでもいいよ!「プロ」を目指すことには誰も文句は言わないよ!
だがな、そうなりたいのならそれに見合ったリスクを背負えよ!!
「歌い手」という立場に!ファンに!甘えんな!!クソが!!!殺すぞ!!!
ひ、ひつじくん、少し落ち着こう!ね?どうしちゃったのさ!
みんな、それぞれの思う「歌い手」についての問題点をたくさんあげてくれたね。
少し整理してみたいと思うよ。じゃあウシくん、いつものようにまとめてみてくれ。
も〜
なるほど。素晴らしい出来だ、いつもありがとうウシくん。
結局のところ、「歌い手」が抱える問題は、もはや誰が悪いという話では語れなくなってきてしまっているというのが現状だね。
そして、結局は何が絡むと問題になるのかと言えば、「金」と「雌」だ。
この二つが絡んでくると、それはただ単に「ワイワイ」じゃ済まない。道徳という観点からも、責任という観点からも、その二つと趣味との線引はしなくちゃダメだ。
ビジネスとしてやるなら、それなりの態度と誠意を見せて欲しいというのが、大衆の総意なのではないのかな?
う〜ん、難しいわ。ややこしすぎる。
じゃあ一体誰がこの現状を打開できるの?
最初に動くべきは、やはり歌い手本人たちではないかと先生は思うな。
ファンに声が届くのも、行動を自制できるのも、結局は歌い手たちだけだ。そして、そういった動きはすでに始まっているとも思うよ。なのに、それが結果として現れていないのは、やっぱりどの世界も、善い行いより悪い行いが目についてしまうからだ。裏を返せば、まだまだ自分の行動に責任を持てていない歌い手が多すぎるとも取れる。
次に動くべきは、ファンだ。「信者」とも呼ばれる彼ら彼女らは、自分たちの行動によって自分の好きな歌い手の評価がどんどんと下がっていくことに気付いたほうがいい。まぁそれは、歌い手に限らず、いろんな分野のファンに共通する話だから、難しいところなんだけどね。
そうやって「歌い手」という存在の話題性が薄れていけば、いずれは音楽市場も歌い手を過大に押し出すことをやめるのではないかな。
「歌ってみた」というカテゴリが、後のプロ歌手を生む場所であってほしいとはもちろん先生も願っている。そういったチャンスの場所が増えることは決して悪いことではないよ。けれど、それが本来の目的ではない。あくまでそこは「歌ってみた」という、誰もが気軽に参加できるコミュニティでなくてはいけないんだ。
今はまだ「みんなで仲良くワイワイしよう!」っていう風潮も完全に消えてはいないけれど、それがいつか消えてしまって「歌ってみた」がただのプロ歌手のオーディション会場のようになってしまったら、今度こそ「歌ってみた」は終わると思うよ。
「流行り廃れ」っていうのもあるんだろうなー。いずれ事態が自然に収まっていくといいんだなー。
お、あれは例の「歌い手ファン」ではないかと思うんだなー?
イケボ
安定しすぎw
馬すぎ ヤバイ
あれは声質から低音域が素敵な「イケボ」だと持て囃される歌い手の「馬」の動画かしら?ファンのメス猫たちの騒ぎ方が尋常じゃないわね……。結構批判的なコメントも流れてきてるみたいだけど……?
どこが上手いの?w
音程外しすぎwwww
イケボ(笑)
信者キモすぎ
嫉妬多すぎw
わざわざ動画まで来て批判とか熱心w
馬さんまぢ神!
羊くんのような「アンチ」のマナーの悪さもかなりのものだけど、ファンたちの盲信っぷりも半端じゃないね……僕は少し怖くなってきたよ……。
ええ……ハッキリ言ってこの界隈には関わらないのが一番賢明ね……少しでも言及しようものなら、あっという間に炎上してしまうわ……。
あら……?あれは巷で話題の「馬さん」本人ではないの?ほら、あれ……。
……??? なんだか、さっきの動画の画像とだいぶ雰囲気が違うようだけど……。
まぁ、そこらへんに触れるのは、野暮というものだろうね。
僕も歌うのは好きだけど、それは金儲けとかそういうところとは無縁だし、きっと歌い手自身も最初はそうだったんじゃないのかな。
えぇ。あのころの純粋な気持ちを思い出してほしいわ。歌は金儲けの道具なんかじゃないってこと、きっと歌い手たちが一番信じたいのだって、私はきっとそうなんじゃないかって思うわ!
そうだね。君たちの言うとおりだと先生も思うよ!
そして、君たちにはどんなことにも、逃げずに正面から立ち向かっていってほしいと思う。何事にも、それに全力を傾けて、一生懸命になっている人たちが一番輝けるんだ!逃げ道を作らず、己に正直に、正々堂々と生きてくれ!
以上で、この授業は終わりだ!さぁ、次の時間は音楽だ!みんなで、歌っていうのはこんなに純粋で楽しいものなんだって、歌い手たちに教えてあげる勢いで歌おう!
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その日、動物たちの森では、夜遅くまで楽しげな歌声が響いていたといいます。
その動画がワイワイ動画(森)に上がると、その動画は「こんなにワイワイできたのは久しぶりだ」「全森が泣いた」「ワイワイ動画、ありがとう」と、あっという間に拡散されて、大きな反響を残したそうです。
動物たちの拙いけれど純粋な歌が、歌い手たちの完成された歌を超えた瞬間でした。
私達は、この動物たちから、きっと多くのことを学べたのではないでしょうか。
逃げずに、正面から、正々堂々と、純粋な気持ちで。
森の動物たちはきっと今日もどこかで、全力で生きているのでしょう。
おしまい。
※この物語はフィクションであり、実際の個人・団体・事件とは一切関係ありません。
こちらがおうちを覗く時、おうちもまたこちらを覗いているのだ