草食化する自動販売機の謎 (kubomi)
現在、昔ながらの(買っても残高が残ったままになる)自販機はどれくらいあるのか、そしてなぜ自販機は草食化したのだろうか。
今自販機で500円を投入し120円のジュースを買うと、ボタンを押した直後に380円のお釣りが返ってくる。しかし私の記憶では、昔の自販機は380円が残ったまま次のジュースが買えたように思う。
この話を同年代の人に話すと同意してくれる人が少なからずおり、中には「考えたこともない」「暇なんだね」と返答する者はいても、否定されたことはない。これが私の思い違いでないのなら、自販機はある時点で複数本の購入を想定するシステムから、一本だけ購入するユーザーをメインに見据えた、つまり『草食』的なシステムへと設計され直したんじゃないかと思う。
▲昔はこの状態でそのまま二本目が買えた
この記事では、現在昔ながらの(買っても残高が残ったままになる)自販機はどれくらいあるのか、そしてなぜ自販機は草食化したのかを考えてみたい。
・肉食系自販機を探す
買っても投入したお金が残ったままで、次の一本を要求してくる自販機を、ここでは「肉食系」と呼ぶことにしよう。最近の自販機はほとんどが草食系になっているので、肉食系を当てるには何らかの工夫が必要である。そこで二つの仮説を立てた。
①古い自販機には肉食系が多い
私の記憶が間違っていなければ、私が子どもの頃は多くの自販機が肉食系だったと思う。なので、いかにも昔から設置されていそうな自販機を狙う。
②設置された環境が特殊
私がよく行くゲームセンターの自販機は肉食系だ。ゲームセンターは熱中してその場から動かない人が多いため、自販機では仲間内で他人の分までジュースを買ってあげることが多いと予想できる。そういう環境下では肉食系の方がニーズが高く、ゲームセンター側もそういう自動販売機を導入している可能性が考えられる。なので、設置された環境が特殊な自販機もターゲットにする。
・調査開始
まずは自宅から京都市市街地へ向かう。道中いきなり「京都 美山名水」という聞いたことのないメーカーの自販機を発見。
いかにも古そうな外見とコーヒーが80円という謎の価格設定に古き日本の商売根性を察知。肉食系を期待して500円を投入して購入するも、結果は草食系でお釣りが即返却される。
その後コカコーラ、キリンの自販機にチャレンジするもハズレ。
そして4件目、某所のアパートに併設されたアサヒビールの自動販売機で初の肉食系ヒット!しかしこれは購入後10秒ほどしか残らないタイプで、写真を撮ろうとモタモタしていたらお釣りが返ってきてしまった。
で、ここから三条付近を歩き回り合計45台の自販機を調べた。もちろん調べるには毎回飲み物を買わないといけないので、買ったものは飲んだり、リュックに入れたり、偶然会った友人に10本くらい押し付けたりした。飲むにしても量を少なくしようとして、缶コーヒーや栄養ドリンクばかり買っては飲んでいたのだが、カフェインなどの興奮物質がどんどん血中に蓄積されて頭がおかしくなりそうだったし、なにより尿が異常に出たのが困った。湯水のように消えていくお金がどんどん膀胱に溜まっていくのを感じた。切なかった。
▲こういうこと書いてあると何本も買えるのかと思ってしまって何回も騙された。
結果
結局45台中、肉食系自販機は16台だった。
(キリン5台、コカコーラ4台、サントリー2台、サンガリア1台、ダイドー1台、WEX1台、アサヒビール1件、NeOS1台)
もちろん怪しそうな自販機を選んで試しているので、実際の割合とは異なるだろうが、35%もあった。意外にあるもんだ。
今回調べてみて分かった、肉食系の確率が高い自販機の特徴がある。
① ゲームセンター、パチンコ店
ゲームセンター(3件)で3台中2台、パチンコ店(3件)が3台中3台。サンプル数が少ないため一概には確率が高いと断言できないが、興味深い結果だ。冒頭で述べたように、こうした施設は他人に買ってあげる・他人の分まで買う場面が多いためだろうか、肉食系の割合が高い結果になった。この理屈でいえば、競馬場や温泉街、遊園地なんかも肉食系自販機が多いかもしれない。
② 初代FIREの広告
キリンの自動販売機は前面にFIREの広告があるものが多いのだが、その広告には写真を使った「新・FIRE」と書かれているものと、色数の少ない旧「FIRE」のものとがある(写真は後者)。新FIREの自販機では肉食系は全く見つからなかったのに対し、旧FIREで止まっている自販機はなんと5台中4台が肉食系だった。つまり今回発見したキリンの肉食系自販機はすべて、前面の広告が旧FIREだったのだ。
▲こんな感じの奴は高確率で肉食系(かも知れない)
・メーカーに聞いてみた
興味深い結果であったが、「昔は肉食系が多かった」という私の長年の疑問にはなんの光ももたらさなかったことも事実である。いかにも古そうな台であっても、草食系であることがほとんどだったからである。
これに関してはもうメーカーに聞くしかないと思い、
(1)お釣りが返ってくるタイミングはどうやって決まっているのか
(2)昔は連続して購入できるものが多かった印象だが、なぜ減少したか
について、自販機業界大手の富士電機さまにメールで問い合わせてみたところ、すぐに返答を頂けた。
いわく、釣銭の返却タイミングは個々に設定が可能で、「連続購入ができる/できない」「**秒で返却」といった風に設定が可能らしい。
しかし(2)については、残念ながら回答を頂けなかった。
(お忙しいところありがとうございました…!)
・草食化した原因を推測する
草食系自販機が増加した原因は結局分からずじまいだったので、推測してみる。
① ニーズの変化
「日本の産業構造や居住環境の変化に伴う核家族・単身世帯の増加により、人と人との関係が希薄になったため、他人の分の飲料を購入するという場面が減少し、連続購入の可能な自動販売機の設定がニーズに合わなくなったため」
受験生風に書いてみた。結局一人で何本も買ったり他人の分も買ったりする場面が無くなって、肉食系である必要が無くなったという説。
② 釣銭取り忘れ防止
例えば銀行のATMでは、お金よりも先にキャッシュカードが出てくる。以前はお金が先に出てくるATMもあったのだが、カードの取り忘れが多かったため今のようなシステムになった。ではなぜ取り忘れるか。それはお金を手にした時点で、「お金を引き出す」という目的を達成して油断してしまうからである。
自動販売機を利用する目的は飲み物を買うことである。購入してからもお金がストックされたままなら、取り忘れも多かったのではないだろうか。目的達成と同時に釣銭を返却することは、ヒューマンエラー防止の工学から産まれた、という風にも考えられるだろう。
③ デフォルト設定が変わった
単純に販売される自販機のデフォルト設定が連続購入可から連続購入不可へ変わっただけなのではないかと思う。連続購入の設定が自販機の売り上げを大きく左右するとは思えないから、ほとんどのオーナーはこうした設定について無関心だろうし、私たちが利用するのはほとんどがデフォルト設定のままだろう。しかしメーカーがなぜデフォルト設定をそうしたかについては、上に書いたような要因が関係しているのかもしれない。
・まとめ
「探せば結構ある」というのが何ともパッとしない結果で、どうせならばほとんど滅んでいるくらいの結果を期待したのに、意外としぶとく生き残っている。嬉しいような悲しいような、である。
ここまでたくさんあると、「肉食系が昔はたくさんあった」という私(と共感してくれた人々)の記憶自体が間違っているのではないかという気もしてくる。財力があれば本当に京都中の自販機をしらみつぶしに差調査したいところだが、今回の5500円でも相当ダメージが大きい。誰か遺志を継いでください。
万年補欠インターネッター